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東京地方裁判所 平成元年(行ウ)116号 判決

東京都葛飾区南水元二丁目一八番一号

原告

高澤秀雄

右訴訟代理人弁護士

榎本武光

大森浩一

元倉美智子

東京都葛飾区立石六丁目一番三号

被告

葛飾税務署長 山口英三

右指定代理人

藤宗和香

杦田喜逸

相葉博孝

齊藤好一

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六三年三月九日付けで原告に対してした昭和五九年分以後の所得税の青色申告承認取消処分を取り消す。

2(一)  被告が同日付けでした原告の昭和五九年分所得税の更正のうち総所得金額を三四六万九五八五円として計算した額を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

(二)  被告が同日付けでした原告の昭和六〇年分所得税の更正のうち総所得金額を三九〇万三〇四三円として計算した額を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

(三)  被告が同日付けでした原告の昭和六一年分所得税の更正のうち総所得金額を四三二万八六二三円として計算した額を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、肩書住所地の店舗(以下「原告方店舗」という。)において、酒類及び煙草等の小売業を営み、被告から所得税の青色申告承認を受けていた。

2  被告が昭和六三年三月九日付けで原告に対してした原告の昭和五九年分以後の所得税の青色申告承認取消処分(以下「本件青色取消処分」という。)並びに本件青色取消処分に対して原告がした不服申立て及びこれに対する応答の経緯は別表第一のとおりである。

3  原告の昭和五九年分、昭和六〇年分及び昭和六一年分の各所得税について、原告が青色の申告書でした確定申告、被告が昭和六三年三月九日付けでした更正及び過少申告加算税賦課決定並びに右各処分に対して原告がした不服申立て及びこれに対する応答の経緯は別表第二の一ないし三のとおりである(以下、右各年を総称して「係争各年」と、右各年分の確定申告を、順次、「五九年分申告」、「六〇年分申告」、「六一年分申告」と、右各年分の更正を、順次、「五九年分更正」、「六〇年分更正」、「六一年分更正」と、右各年分の過少申告加算税賦課決定を、順次「五九年分賦課決定」、「六〇年分賦課決定」、「六一年分賦課決定」と、五九年分更正、六〇年分更正及び六一年分更正を総称して「本件各更正」と、五九年分賦課決定、六〇年分賦課決定及び六一年分賦課決定を総称して「本件各賦課決定」という。)。

4  原告は、本件青色取消処分、五九年分更正のうち総所得金額を三四六万九五八五円として計算した額を超える部分、六〇年分更正のうち総所得金額を三九〇万三〇四三円として計算した額を超える部分及び六一年分更正のうち総所得金額を四三二万八六二三円として計算した額を超える部分並びに本件各賦課決定に不服があるから、その取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし3は認める。

三  抗弁

1  原告に対する所得税の調査の経緯等

(一) 被告は、原告の所得税について、昭和四九年分以降長期間にわたり調査を実施していなかったことから、係争各年分の申告所得金額が適正であるか否かについて調査の必要があるものと判断し、被告所部係官である石田健二(以下「石田係官」という。)にその調査を命じた。

(二) 石田係官は、昭和六二年九月一日、右調査のため原告方店舗に臨場したが、原告も原告の妻も不在であったので、原告の従業員である旨申し述べた店番の者に、同月二日の午後一時ころ石田係官宛に電話連絡されたいとの原告への伝言を依頼して辞去した。

(三) その後、原告から何らの連絡もなかったため、石田係官は、同月九日に原告に電話して、同月一七日に調査を行いたいと申し入れたところ、同月一〇日に原告から石田係官に電話があって、同月一七日午後一時から調査を実施することが合意された。

(四) そこで、同月一七日午後一時に、石田係官が被告所部係官金野豊国(以下、同人と石田係官とを併せて「石田係官ら」という。)とともに、原告方店舗に臨場したところ、原告方店舗には、原告及びその長男の高澤公一(以下「公一」という。)のほか、葛飾民主商工会(以下「葛飾民商」という。)の会員三名が同席しており(ただし、うち一名は、石田係官らが原告方店舗に到着した直後から加わった。)かつ、石田係官らが原告に対して、身分証明書及び所得税に関する質問検査証を提示して、所得税の調査のため臨場した旨を告げると、公一がテープレコーダーを操作して録音を開始した。石田係官らは、右録音及び葛飾民商の会員の同席が適正迅速な調査に支障を来すものと認め、原告に対し、録音を中止するとともに葛飾民商の会員を退席させるよう要請した。しかし、原告は右いずれの要請にも従わなかったので、石田係官らは、まず、録音を中止するよう再三にわたり要請した結果、原告は、ようやく録音を中止したが、葛飾民商の会員を退席させるようにとの要請には結局従わなかった。

石田係官らは、右の要請と並行して、原告に対し、原告の申告に係る所得金額が正しいかどうか内容を確認したい旨述べ、係争各年分の帳簿書類を提示するよう求めたところ、原告は、「具体的な調査理由を言え。」、「どこがおかしいのか具体的に言わなければ、帳簿は見せられない。」等と申し立て、葛飾民商の会員三名もこれに同調して、「調べてみないと分からんのか。」、「確認させる必要はないんだ、こっちには。」等と、口々に語気荒く言い立て、騒然とした状況になった。石田係官らは、さらに原告に対し、係争各年分の原告の申告所得金額が適正であるか否かを帳簿書類に基づいて調査するために臨場したものであることを説明し、調査に協力するよう説得に努めたが、原告はこれに応ぜず、葛飾民商の会員とともに、「決算書を見て分からないのか。」、「青色を取り消せるものなら取り消してみろ。」等と言い立てた挙句に、調査に協力できないと明言するに至った。

そこで、石田係官らは、原告の帳簿書類等を調査することは極めて困難であり、調査に対する原告の協力も望めないと判断して、原告方店舗における当日の調査を断念し、原告に対し独自の調査をする旨告げて、原告方店舗を辞去した。

(五) その後、石田係官は、同月二二日から原告の取引先に対する反面調査を開始したものの、同月二八日に原告に電話して調査に応ずるよう説得し、同年一〇月六日に再度原告方店舗に臨場して調査を実施する旨原告と合意したが、同月二日に至って原告から電話で調査日時を変更したいとの要請があり、その際、新たな調査日時については後日原告から連絡するとの申出がされた。

ところが、その後、原告から何らの連絡もなく、原告の帳簿書類等に基づいて原告の所得金額を調査する見込みが立たなかったため、石田係官は、原告の取引先に対する反面調査を継続するとともに、同月二〇日に調査期日の設定の問合わせのため原告に電話したところ、原告は、石田係官に対し、右反面調査の実施について抗議するとともに、反面調査を中止しない限り調査には応じない旨申し述べた。そこで、石田係官は、原告のそれまでの言動及び右の抗議内容に照らして、原告にこれ以上調査協力を求めても協力は期待できないと判断し、原告に対し、独自の調査は継続するが、調査に協力する気になった場合には、石田係官に連絡するよう告げた。しかし、同日以後、昭和六三年三月一日に石田係官が独自の調査が終了した旨原告に電話連絡するまで、原告から何の連絡もなかった。

2  本件青色取消処分の根拠及び適法性

(一) 青色申告制度は、申告納税制度の下で、納税者がその業務につき帳簿書類を備え付けて取引を記録し、これを基礎として正確な所得を計算し、申告することを奨励する趣旨で、所得税法の定めるところに従い一定の帳簿書類を備え付け、日々の取引を正確に記録し、これに基づき税額等を計算し申告しようとする者(青色申告者)に税法上種々の特典を与えてこれを優遇する反面、青色申告者に対し大蔵省令で定めるところにより帳簿書類の備付け、記録及び保存を義務付け(所得税法一四八条一項)、この義務に違反した場合には青色申告承認を取り消すこととしている(同法一五〇条一項一号)。

ところで、青色申告制度は、申告の基礎となった納税者の帳簿書類の正確性に対し、課税庁側の信頼が存在することを前提として成り立つものであるから、納税者の調査拒否により、当該帳簿書類の不備不正の存否そのものを確認できない場合にまで、当該納税者に青色申告の特典を享受させることは制度の本旨に反するものである。そして、このことと、青色申告者については、原則として帳簿書類の調査に基づく場合に限って更正をすることができ(同法一五五条一項本文)、推計課税が禁止されている(同法一五六条)こととを併せ考えると、所得税法は、青色申告者が帳簿書類の調査を拒否したときは、青色申告承認を取り消した上、推計により更正し得ることを当然に予定しているものというべきである。すなわち、青色申告者が帳簿書類の調査を理由なく拒否した場合には、その結果として、税務署長において、帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認し得ないこととなり、これは右備付け、記録及び保存を欠くと評価できるものであるから、同法一五〇条一項一号の青色申告承認の取消事由に該当するものと解すべきである。

(二) しかるところ、右1のとおり、原告は、所得税法二三四条に基づく石田係官らの調査に際して、再三にわたる協力要請があったにもかかわらず、帳簿書類を提示せず、調査に応じなかったものであり、これがため、被告は、原告による帳簿書類の備付け、記録又は保存が正しく行われているか否かを確認できなかったので、同法一五〇条一項一号に該当するものと認め、本件青色取消処分をしたものであり、右処分は適法である。

3  本件各更正の根拠及び適法性

(一) 右1のとおり、原告は、所得税法二三四条に基づく石田係官らの調査に際して、再三にわたる協力要請があったにもかかわらず帳簿書類を提示せず、調査に応じなかったものであり、これがため、被告は、係争各年分の原告の事業所得の金額の実額を確認することができなかったので、右事業所得の金額については、推計によりこれを算出し、本件各更正を行った。

(二) 被告が本訴において主張する係争各年分の原告の総所得金額は、次のとおりである。

(1) 昭和五九年分

ア 事業所得の金額 六六九万〇三五〇円

イ 不動産所得の金額 一〇万五〇九〇円の損失

ウ 総所得金額 六五八万五二六〇円

(2) 昭和六〇年分

ア 事業所得の金額 七六四万五二二六円

イ 不動産所得の金額 一七万七九三八円

ウ 総所得金額 七八二万三一六四円

(3) 昭和六一年分

ア 事業所得の金額 八二九万六一四一円

イ 不動産所得の金額 六一万三〇二八円

ウ 総所得金額 八九〇万九一六九円

(三) 事業所得の金額

(1) 係争各年分の原告の事業所得の金額の算出経過は別表第三のとおりであり、同表の売上金額、売上原価、一般経費、特別経費及び事業専従者控除額の算出の根拠は次のとおりである。

ア 売上金額

後記イの係争各年分の売上原価を、被告の管轄区域内において原告と同業の酒類及び煙草等の小売業を営み、かつ、原告と規模の類似する者(別表第四の一ないし三の各「対象者の記号」欄に記載の者であり、その具体的な抽出基準は後記(2)のイのとおりである。以下「比準同業者」という。)の係争各年分の事業所得に係る売上金額に対する売上原価の割合(以下「売上原価率」という。)の平均値(別表第四の一ないし三のとおり、昭和五九年分が八二・四三パーセント、昭和六〇年分が八二・五三パーセント、昭和六一年分が八二・三八パーセント)でそれぞれ除して得た金額である。

イ 売上原価

被告が原告の仕入先を調査して判明した係争各年中の原告の仕入金額の合計金額と同一の金額である。

なお、係争各年の仕入金額の合計額を売上原価としたのは、原告の係争各年中における事業の種類、形態及び規模等に変化がなく、係争各年の年初及び年末における棚卸金額に相当の変動があるとする格別の理由も認められなかったので、係争各年とも、年初及び年末における棚卸金額を同額であると認定したことによるものである。

ウ 一般経費

右アの係争各年の売上金額に比準同業者の係争各年分の事業所得に係る売上金額に対する一般経費(必要経費中、建物減価償却費、人件費、利子割引料、地代家賃、貸倒金等の特別経費を除いたものをいう。)の合計額の割合(以下「一般経費率」という。)の平均値(別表第四の一ないし三のとおり、昭和五九年分が四・八七パーセント、昭和六〇年分が五・〇一パーセント、昭和六一年分が四・八七パーセント)をそれぞれ乗じて得た金額である。

エ 特別経費

昭和五九年分及び昭和六〇年分は、雇人費と建物減価償却費との合計額、昭和六一年分は雇人費である。

a 雇人費

右アの係争各年の売上金額に比準同業者の係争各年分の事業所得に係る売上金額に対する人件費の割合(以下「人件費率」という。)の平均値(別表第四の一ないし三のとおり、昭和五九年分が五・九九パーセント、昭和六〇年分が五・九二パーセント、昭和六一年分が六・一一パーセント)をそれぞれ乗じて得た金額から、比準同業者の人件費中の所得税法五七条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの。以下同じ。)の適用を受けて妻に支給された青色事業専従者給与(以下「妻に対する事業専従者給与」という。)の平均額(別表第四の一ないし三のとおり、昭和五九年分が二五四万九四四五円、昭和六〇年分が二五九万二七五〇円、昭和六一年分が二七三万五二四七円)をそれぞれ控除した金額である。

なお、売上金額に比準同業者の人件費率の平均値を乗じて得た金額から、比準同業者の妻に対する事業専従者給与の平均額を控除したのは、後記(2)のイのとおり、比準同業者はいずれも青色申告者であり、かつ、妻に対する事業専従者給与の支給をしている者であって、その人件費中には右事業専従者給与の額が含まれているから、原告の売上金額に比準同業者の人件費率の平均値を乗じて得た金額中にも右事業専従者給与分に相当する部分が含まれることになるところ、本件青色取消処分を受けた原告は所得税法五七条一項の適用を受け得ないから、右事業専従者給与分を控除する必要があるためである。

b 建物減価償却費

原告が、五九年分申告、六〇年分申告及び六一年分申告の際にそれぞれ被告に提出した各所得税青色決算書に記載された金額と同額である。

オ 事業専従者控除額

原告の妻広子に係る係争各年分の事業専従者控除額である。

(2)ア 被告が係争各年の原告の事業所得に係る売上金額、一般経費及び雇人費を算出するに当たり採用した推計の方法は、右(1)のとおり、原告の売上原価を基礎数値とし、比準同業者の売上原価率、一般経費率、人件費率及び妻に対する事業専従者給与の支給額の各平均値を用いて、それぞれの金額を算出したものであるが、右推計の方法自体が合理性を有することはいうまでもない。

イ しかして、右の比準同業者は、原告と同様、被告の管轄区域内に事業所を有し酒類及び煙草等小売業を営む個人事業者であって、かつ、次のaないしfのいずれの条件をも充たす者を抽出したものである。

a 係争各年分について青色申告承認を受けている者であること

b 係争各年分の売上原価がそれぞれ原告のそれの半分以上二倍以下の範囲内である者

c 年を通じて右小売業を営んでいる者であること

d 人件費の支払があり、かつ、妻に対する事業専従者給与の支給のある者であること

e 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者であること

f 不服申立て又は訴訟が係属中でない者であること

ウ 右イにより抽出された比準同業者の件数は、係争各年ともいずれも一二件で、これら比準同業者の売上原価率、一般経費率、人件費率及び妻に対する事業専従者給与の支給額は、別表第四のとおりであるところ、右比準同業者は、右イの条件をすべて充たすものを機械的に抽出しているので、被告の恣意が介在する余地はなく、その抽出は、極めて公平妥当である。

(四) 本件各更正に係る係争各年の原告の総所得金額は、いずれも右(二)の係争各年の原告の総所得金額の範囲内であるから、本件各更正は適法である。

4  本件各賦課決定の根拠及び適法性

(一) 五九年分更正によって原告がさらに納付すべき税額は四三万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)であるから、国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)により、右税額に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した二万一五〇〇円の過少申告加算税を賦課した五九年分賦課決定は適法である。

(二) 六〇年分更正によって原告がさらに納付すべき税額は六一万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)であるから、国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)、二項により、右税額に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した三万〇五〇〇円に、右六一万円の税額のうち五〇万円を超える一一万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した五五〇〇円を加算した金額である三万六〇〇〇円の過少申告加算税を賦課した六〇年分賦課決定は適法である。

(三) 六一年分更正によって原告がさらに納付すべき税額は八〇万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)であるから、国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)、二項により、右税額に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した四万円に、右八〇万円の税額のうち五〇万円を超える三〇万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した一万五〇〇〇円を加算した金額である五万五〇〇〇円の過少申告加算税を賦課した六一年分賦課決定は適法である。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1の(一)のうち、被告が原告の所得税について昭和四九年分以降調査を実施していなかったことは認めるが、右期間が長期間にわたることは否認する。その余は不知。

(二)  同(二)のうち、石田係官が昭和六二年九月一日に原告方店舗に臨場したこと、その際に原告も原告の妻も不在であったこと及び原告方店舗に店番の者がいたことは認め、その余は否認する。

(三)  同(三)のうち、石田係官が同月九日に原告に電話して同月一七日に調査を行いたいと申し入れたこと及び同月一〇日に原告が石田係官に電話して同月一七日午後一時から調査を実施することが合意されたことは認める。

(四)  同(四)のうち、同月一七日午後一時に石田係官らが原告方店舗に臨場したこと、その際、原告方店舗には、原告及び公一のほか、葛飾民商の会員三名が同席していたこと、石田係官らが原告に対して身分証明書及び所得税に関する質問検査証を提示して、所得税の調査のため臨場した旨を告げたこと、公一がテープレコーダーを操作して録音を開始したこと、石田係官らが原告に右録音を中止するよう要請したので、原告はこれに応じ録音を中止したこと、石田係官らが原告に葛飾民商の会員を退席させるよう要請したこと、石田係官らが原告に対して、原告の申告に係る所得金額が正しいかどうか内容を確認したい旨述べたことは認め、その余は否認する。

原告は、石田係官らに対し、「私は青色申告をしているのだから、調査の理由をいえるはずだ。」と述べ、また、「帳簿書類はいつでも見せる。」と述べたところ、石田係官らは、原告が提示した仕入元帳の仕入先の住所、電話番号、会社名をメモしながら、「理由については、私一存ではいえないので、帰って上司と相談する。」と述べ、また、「それならば帳簿書類は全部見せていただけるのですね。」と述べながら、原告方店舗を辞去したものであり、この間の調査時間は約三〇分であった。このように、石田係官らは、帰署して上司と相談し、調査理由を原告に告げた上で、さらに原告に対する臨場調査をする予定であったのである。

(五)  同(五)のうち、石田係官が原告の取引先に対する反面調査を実施したこと(ただし、その開始日時が昭和六二年九月二二日であることは否認する。)、石田係官から同月二八日に原告に電話があり、同年一〇月六日に再度原告方店舗に臨場して調査を実施する旨合意したこと、同月二日に原告が電話で石田係官に調査日時を変更したいとの要請をしたこと、石田係官が調査期日の設定のため原告に電話したこと(ただし、その日時が同月二〇日であることは否認する。)、その際に原告が反面調査の実施について石田係官に抗議をしたことは認めるが、その余は否認する。

石田係官が原告の取引先に対する反面調査を開始したのは、同年一〇月二二日ころである。また、原告が同月六日の調査日時の変更を要請したのは、原告の親戚である高澤藤太郎(富山県新湊市在住)が危篤となって、同人の許に駆けつけなければならなかったためであるが、右の調査日時変更の要請の際に、後日原告から新たな調査日時を連絡するとの申出をしたことはない。石田係官から原告に対する調査期日の設定のための電話があったのは同年一〇月末日ころであり、その際、原告は石田係官に対し、同年九月一七日の調査の際に石田係官らが上司と相談して調査理由を原告に告げた上、再度原告に対する臨場調査をすることになり、その後同年一〇月六日の調査期日が設定されていたのに、石田調査官が一方的に反面調査を行ったことについて、約束が違うという抗議をしたものである。

2  同2は争う。

3(一)  同3の(一)のうち、被告が係争各年分の原告の事業所得の金額について推計によりこれを算出し、本件各更正を行ったことは認め、その余は否認する。

(二)  同(二)のうち、(1)ないし(3)の各イは認め、その余は争う。

(三)(1)  同(三)の(1)のうち、イは認め、その余は争う。

(2) 同(2)は争う。

(四)  同(四)は争う。

4  同4は争う。

五  原告の主張

1  本件青色取消処分並びに本件各更正及び本件各賦課決定の通知書は、既に同月七日午前一〇時三〇分ころ、原告方店舗において、被告所部係官から原告に対して交付送達されており、右以外に被告から原告に対する右各処分に係る通知は存在しない。

したがって、いずれも昭和六三年三月九日付けでされたこととなっている本件青色取消処分並びに本件各更正及び本件各賦課決定は、そのとおりのものとしては存在しないことが明らかであって、重大な瑕疵を有するものというべきである。

2(一)  被告所部係官が、原告方店舗に臨場して調査をしたのは昭和六二年九月一七日の一回だけで、しかも、その際には、原告が、帳簿書類を用意し、いつでも提示する旨を述べて、調査理由を質問した結果、石田係官らが上司と相談して調査理由を開示した上、改めて臨場調査をする予定となって調査が終了し、かつ、現実に次の調査日時が同年一〇月六日に設定されたのであり(原告が右調査日時の変更の要請をしたのはやむを得ぬ理由によるものである。)、このように原告が調査に協力する態勢にあるのに、石田係官は、右の経緯を無視して、再度の臨場調査をすることなく一方的に反面調査を行ったものであるから、被告自らが原告に対する臨場調査の努力を放棄したものというべく、原告が帳簿書類についての被告の調査要求を拒否したものとはいえない。したがって、原告が石田係官らの調査に際して、帳簿書類を提示せず、調査に応じなかったとしてされた本件青色取消処分は違法である。

(二)  仮に、原告が石田係官らの調査に際し、帳簿書類を提示せず、調査に応じなかったものとしても、次のとおり、右の事実は、所得税法一五〇条一項一号所定の青色申告承認の取消事由に該当しない。

(1) 所得税法一五〇条一項一号は、青色申告承認の取消事由として、帳簿書類の備付け、記録又は保存の懈怠を挙げているが、納税者が税務職員の調査に際し、帳簿書類を提示せず、調査に応じなかったことは、右と全く性質を異にする別個の行為概念であり、これを同号の取消事由に該当するとするのは、立法論的解釈であって、租税法律主義に反する(なお、青色申告承認は、所定の帳簿書類の備付け、記録及び保存が行われていることを認定した上でされるものであるから(同法一四五条一項参照)、その状態の下では、納税者が帳簿書類を提示せず、調査に応じなかったとしても、帳簿書類の備付け、記録又は保存がされていることが確認できないとはいえないはずである。)。したがって、納税者が税務職員の調査に際し、帳簿書類を提示せず、調査に応じなかったことが同号に該当するものではない。

(2) 石田係官らは、原告らに対する調査の際に、原告の再三の調査理由の開示の要請にもかかわらず、結局これを告知しなかったものであるところ、税務署長による青色申告者の帳簿書類の調査は、帳簿書類の該当箇所を示すか、所得計算の基礎となる売上高、経費などにつきその数額を示して、調査すべき事項、内容、理由を具体的に告知した上で行うのでなければ違法であって、納税者は、右調査理由等の告知がない限り帳簿書類を提示して調査に応ずる義務はないものと解すべきであり、したがって、右調査理由等の告知がない場合には、税務職員による帳簿書類の提示要求に応じなかったとしても、所得税法一五〇条一項一号の青色申告承認の取消事由には該当しない。

3  被告所部係官が、原告方店舗に臨場して調査をしたのは一回だけであること及び原告が調査に協力する態勢にあるのに被告自らが原告に対する臨場調査の努力を放棄したものであって、原告が帳簿書類についての被告の調査要求を拒否したものではないことは、右2の(一)のとおりであるから、被告は、係争各年分の原告の事業所得の金額を推計によって算出する必要性があったとはいえず、したがって、推計によって原告の事業所得の金額を算出して行われた本件各更正は違法であり、これを基礎とする本件各賦課決定も違法である。

六  原告の主張に対する被告の認否

1  原告の主張1のうち、本件青色取消処分並びに本件各更正及び本件各賦課決定の通知書が、原告方店舗において被告所部係官から原告に対して交付送達されたことは認め、その日時が昭和六三年三月七日午前一〇時三〇分ころであることは否認し、主張は争う。

右通知書は、同年三月九日に送達されたものである。

2(一)  同2の(一)のうち、被告所部係官が、昭和六二年九月一七日に原告方店舗に臨場して調査をしたこと、次の調査日時が同年一〇月六日に設定されたこと、石田係官が再度の臨場調査をすることなく反面調査を行ったことは認め、その余は争う。

(二)  同(二)は争う。

3  同3は争う。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

二  本件青色取消処分並びに本件各更正及び本件各賦課決定の通知書が、原告方店舗において被告所部係官から原告に対して交付送達されたことは当事者間に争いがないところ、原告は、右の交付送達がされたのは、昭和六二年三月七日午前一〇時三〇分ころであるとして、それを根拠に右各処分には、重大な瑕疵がある旨主張するが、弁論の全趣旨により成立の真正を認め得る乙第六号証及びその供述記載により成立の真正を認め得る乙第八号証によれば、右の交付送達がされたのは昭和六三年三月九日午前一〇時二一分ころであることが認められるから(甲第一号証の供述記載及び原告本人尋問の結果中の右認定に反する部分は措信し難い。)、右各処分に主張の瑕疵は存在しない。

三  原告に対する所得税の調査の経緯について

抗弁1の(一)のうち、被告が原告の所得税について昭和四九年分以降調査を実施していなかったこと、同(二)のうち、石田係官が昭和六二年九月一日に原告方店舗に臨場したこと、その際、原告も原告の妻も不在であり、店番の者がいたこと、同(三)のうち、石田係官が同月九日に原告に電話して同月一七日に調査を行いたいと申し入れたこと、同月一〇日に原告が石田係官に電話して同月一七日午後一時から調査を実施することが合意されたこと、同(四)のうち、同月一七日午後一時に石田係官らが原告方店舗に臨場したこと、その際、原告方店舗には、原告及び公一のほか、葛飾民商の会員三名が同席していたこと、石田係官らが原告に対して身分証明書及び所得税に関する質問検査証を提示して、所得税の調査のため臨場した旨を告げたこと、公一がテープレコーダーを操作して録音を開始したこと、石田係官らが原告に右録音を中止するよう要請し、原告はこれに応じて録音を中止したこと、石田係官らが原告に葛飾民商の会員を退席させるよう要請したこと、石田係官らが原告に対して、原告の申告に係る所得金額が正しいかどうか内容を確認したい旨述べたこと、同(五)のうち、石田係官が原告の取引先に対する反面調査を実施したこと(ただし、その開始日時については争いがある。)、石田係官から同月二八日に原告に電話があり、同年一〇月六日に再度原告方店舗に臨場して調査を実施する旨合意したこと、同月二日に原告が電話で石田係官に調査日時を変更したいとの要請をしたこと、石田係官が調査期日の設定のため原告に電話したこと(ただし、その日時については争いがある。)、その際に原告が反面調査の実施について石田係官に抗議をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いのない乙第五号証の一、被告作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書であることが推定され、その余の部分については弁論の全趣旨により成立の真正が認められる乙第七号証、証人石田健二の証言及び原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を併せ考えると、次の事実を認めることができる。

1  被告は、原告の所得税につき、過去に昭和四六年分から昭和四八年分に係る調査を実施した以降、調査を経ていないことから、原告の申告内容の適否を確認する必要を認め、石田係官に対し、係争各年分の原告の所得税の調査を命じた。

2  石田係官は、右調査のため、昭和六二年九月一日に原告方店舗に臨場したところ、原告も青色事業専従者である原告の妻広子も不在であったため、店番の従業員に所得税の調査のために訪れた旨を告げ、同月二日の午後一時ころ葛飾税務署の石田係官宛に電話連絡されたいとの原告への伝言を依頼して辞去した。右の伝言は原告に伝えられたが、原告は、石田係官に対し何らの連絡をもしなかった。

3  石田係官は、同月九日に原告に電話して、係争各年分の所得税の調査のために原告方店舗に臨場したいと告げ、右臨場調査期日を同月一七日にしたいと申し入れたところ、原告は、その場で確答はしなかったが、同月一〇日に石田係官に電話して、同月一七日午後一時から右の臨場調査を実施する旨合意した。

4  そこで、石田係官らが、同月一七日午後一時に原告方店舗に臨場し、原告から店舗二階の部屋に案内されたところ、その場には原告及び公一のほか、葛飾民商の会員二名が同席しており(なお、その後まもなく、同会員一名がさらに加わって同席した。)、石田係官らが着席をした直後に原告の指示により、公一がテープレコーダーを操作して録音を開始した。石田係官らは、原告に対して身分証明書及び所得税に関する質問検査証を提示して、所得税の調査のため臨場した旨を告げた上、右葛飾民商の会員の同席及び録音が所得税の調査に支障を来すものと認め、原告に対し、再三にわたり、葛飾民商の会員の退席と録音の中止とを求めたところ、原告は、ようやく録音の中止はしたものの、葛飾民商の会員の退席の要請には応じなかった。

石田係官らは、右の要請と並行して、原告に対し、確定申告をした所得金額が正しいかどうかを確認するために調査をする旨を告げた上で、係争各年の帳簿書類の提示を求めたが、原告は、「漠然とした理由では見せられない。」、「どこがおかしいのか。」等と申し立てて具体的な調査理由と調査の対象となる事項を指摘するようし繰り返し主張し、右帳簿書類の提示をしなかった。そのため、石田係官らは、確定申告書添付の青色申告決算書とその基礎となった帳簿書類とを対比して検討する必要がある旨説明して、帳簿書類を提示するよう原告を説得したが、原告は、「書類は全部あるんだ。」と述べて、自己の傍らに置いた段ボール箱の中から一綴の伝票又は領収書類を取り出し、広げてその場に置いたほかは、「そんな理由では意地でも見せられない。」、「私が正しいと言っているんだ。」、「どこかおかしいから来たんだろう。」等と言い立てて、帳簿書類を提示しようとはせず、また、この間、同席していた葛飾民商の会員らも口々に、「調べてみないと分からないのか。」、「お宅らには青色取消しがあるんだろう。」、「決算書を見ても分からないのか。」等、調査の進行を妨げる発言を続け、石田係官らが右発言を制止して、原告に対し葛飾民商の会員らを退席させるようさらに要請しても、原告は応じないといった混乱した状況が継続し、さらに、原告自身が調査に協力できないと明言するに至ったため、石田係官らは、調査開始から約一時間経過後に、帳簿書類の提示を得られず、何ら成果のないまま調査の続行を断念し、原告に対し、調査が進展しないので被告が独自の調査を行う旨を告げ、原告が調査に協力するのであれば連絡をするようにと付け加えた上で、原告方店舗を辞去した。

5  右4のとおり、原告から調査に対する協力が得られず、また、原告から格別の連絡もなかったため、石田係官は、同月二二日ころから荒川製麺有限会社等原告の取引先に対する反面調査を開始したところ、同月二五日、石田係官の不在中に、原告から反面調査の実施に抗議する内容の電話があったので、石田係官は、同月二八日に原告に電話して調査協力を求めたところ、原告はこれに応ずるかのような態度を示し、同年一〇月六日に原告方店舗において臨場調査をする旨の合意をしたが、その際、石田係官が原告に対して右反面調査の中止を約束したことはなかった。

6  その後、同月二日に原告から電話で、親戚に不幸があって富山県に出かけるため、調査期日を変更したいとの要請があり、その際、新たな調査日時については後日原告から連絡するとの申出があったので、石田係官は、原告の取引先に対する反面調査を継続しながら原告からの連絡を待ったが、何らの連絡もなかったため、同月二〇日に原告に電話して調査期日の打ち合わせをしようとしたところ、原告は、石田係官が反面調査の中止を約束しながらこれを継続したとして、調査に協力することを拒否し、石田係官が調査に協力するのであれば連絡するようにと告げたにもかかわらず、その後、原告から調査協力の申出はなかった。

以上の事実を認めることができ、甲第一号証及び甲第三号証の一の各供述記載及び原告本人尋問の結果中の右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信し得ず、また、甲第三号証の二及び三の各供述記載は右認定を妨げるものではない。

四  本件青色取消処分の適否について

1  所得税法上、青色申告承認を受けている者は、大蔵省令(所得税法施行規則五六条ないし六四条)で定めるところにより帳簿書類を備え付けて、これに事業所得等の金額に係る取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存しなければならず(同法一四八条一項)、右帳簿書類の備付け、記録又は保存が右大蔵省令に定めるところに従って行われていない場合には、税務署長は青色申告承認を取り消すことができるとされている(同法一五〇条一項一号)。すなわち、青色申告制度は、大蔵省令の定める一定の帳簿書類の備付け、記録及び保存をする者に対し、青色申告書を用いて、貸借対照表、損益計算書その他所定の事業所得等の金額の計算に関する明細書を添付した納税申告をした場合に、税法上種々の特典を付与するものであるが、その制度趣旨は、申告納税制度が適正に機能するためには、納税者が帳簿書類を備え付けて取引を記録し、これを基礎として納税申告をすることが望ましいとの見地から、税法上の特典を付与してこれを奨励することにあり、したがって、前提条件である所定の帳簿書類の備付け、記録又は保存を欠くような場合には、青色申告承認を取り消して、右の特典を与えないとするものである。そうすると、税務署長は青色申告者について、かかる帳簿書類の備付け、記録及び保存が大蔵省令の定めるところに従ってされているか否かを随時調査することができなくてはならず(税務署長が青色申告承認をしたからといって、右の承認後においても帳簿書類の備付け、記録及び保存が大蔵省令の定めるところに従ってされていることが、何らの調査も経ないで当然に確認し得るものではないことはいうまでもない。)、そうであるとすれば、同法一五〇条一項一号にいう帳簿書類の備付け、記録又は保存が大蔵省令の定めるところに従って行われていない場合とは、青色申告者が、税務署長又はその所部係官による右帳簿書類の調査、提示要求に応じないため、右の帳簿書類の備付け、記録及び保存が大蔵省令の定めるところに従ってされているか否かを確認し得ない場合をも含むものと解するのが相当である。

2  しかるところ、右三で認定した事実によれば、原告は、被告所部係官である石田係官らによる調査に際して、帳簿書類の調査、提示の要求があったのに、これに応じなかったため、被告において、原告による帳簿書類の備付け、記録及び保存が大蔵省令の定めるところに従ってされているか否かを確認し得なかったことが認められるから、被告がそれを所得税法一五〇条一項一号の事由に該当するとしてした本件青色取消処分は適法である。

3  なお、原告は、青色申告者に対する帳簿書類の調査は、調査すべき事項、内容、理由を具体的に告知した上で行うのでなければ違法であるとし、かつ、右調査理由等の告知がない場合には、納税者は帳簿書類を提示して調査に応ずる義務はなく、税務職員による帳簿書類の提示要求に応じなかったとしても所得税法一五〇条一項一号の青色申告承認の取消事由には該当しない旨主張する。

しかしながら、青色申告者に対して所得税法二三四条一項の質問検査権の行使としての税務調査を実施するに当たり、その調査理由又は調査すべき事項若しくは内容を告知することが必要であると解すべき根拠はなく、これらを告知するか否かは、質問検査権行使の方法、程度、時期等その実施に係る実定法上特段の定めのない細目の一として、調査の必要と相手方の利益とを衡量して社会通念上相当と認められる範囲において、権限を有する税務職員の合理的な裁量に委ねられたものと解すべきであるところ、石田係官らが昭和六二年九月一七日の調査の際に、原告に対して、原告が確定申告をした所得金額が正しいかどうかを確認するための調査である旨を述べたことは右三の4のとおりであり、右三で認定した事実関係の下において、右の程度の調査理由を告げて調査に対する協力を求めたことに、右の裁量の逸脱があるものとは到底解し得ないから、原告の右主張は、その前提を欠くものであって、失当である。

五  本件各更正の適否について

1  不動産所得の金額について

係争各年分の原告の不動産所得の金額が、昭和五九年分は一〇万五〇九〇円の損失、昭和六〇年分は一七万七九三八円、昭和六一年分は六一万三〇二八円であったことは当事者間に争いはない。

2  事業所得の金額について

(一)  被告が推計により係争各年分の原告の事業所得の金額を算出して本件各更正を行ったことは当事者間に争いがない。

しかして、右三で認定した事実によれば、原告は、被告所部係官である石田係官らによる調査に際して、要求のあった帳簿書類を提示せず、調査に協力しなかったものであるところ、証人石田健二の証言及び弁論の全趣旨によれば、石田係官らの調査に対する原告の対応が右のようであったため、被告は、係争各年分の原告の事業所得の金額を実額で把握することができなかったことが認められるから、本件各更正時において右金額につき推計の必要性があったものと認められる。

(二)(1)  被告が本訴において主張する原告の事業所得の金額は、係争各年とも、売上原価を基礎数値とし、これを比準同業者の売上原価率の平均値で除して売上金額を推計し、右売上金額に比準同業者の一般経費率の平均値を乗じて一般経費を推計し、また、右売上金額に比準同業者の人件費率の平均値を乗じて得た金額から、比準同業者の人件費中の妻に対する事業専従者給与の平均額を控除して特別経費中の雇人費を推計して、算出したものである。

(2)  しかして、いずれもその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一号証、第二号証の一ないし六及び弁論の全趣旨によれば、ア 東京国税局長は、平成元年一一月二四日付けで被告に対し「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について」と題する通達を発し、係争各年分につき、別紙「比準同業者該当基準」のいずれの基準にも該当する者全員を対象者として抽出して(係争各年のすべての年分が右各基準に該当する者のみならず、そのいずれかの年分のみ右各基準に該当する者であっても、その該当年分については抽出する。)、各対象者の所得税青色申告決算書又は営庶業所得調査書(以下「決算書等」という。)に基づき、〈1〉対象者の記号(住所、氏名に代えるもの)、〈2〉総収入金額(決算書等の「売上(収入)金額」欄記載の金額)、〈3〉売上原価(期首棚卸高に仕入金額を加算し期末棚卸高を減算した金額)、〈4〉一般経費(決算書等の「経費」欄の「計」の金額から、建物に係る減価償却費、人件費、利子割引料、貸倒金、固定資産除却損及び地代家賃等の特別経費の金額を除いた必要経費の合計額)、〈5〉人件費(給料賃金及び青色事業専従者給与の額の合計額)、〈6〉妻に対する事業専従者給与の額(人件費のうち妻に対して支給した事業専従者給与の額)、〈7〉売上原価率(〈3〉の売上原価を〈2〉の総収入金額で除し、小数点第五位を四捨五入して百分比で表したもの)、〈8〉一般経費率(〈4〉の一般経費を〈2〉の総収入金額で除し、小数点第五位を四捨五入して百分比で表したもの)、〈9〉人件費率(〈5〉の人件費を、〈2〉の総収入金額で除し、小数点第五位を四捨五入して百分比で表したもの)を報告するよう求めたこと(以下、右〈2〉ないし〈9〉の事項を「課税事績」という。)、イ 被告は、右通達に従って、係争各年とも一二名の対象者を抽出して、同年一二月一日付けで東京国税局長に対し、右各対象者に係る課税事績につき報告をしたところ、右報告の内容は別表第四の一ないし三のとおりであること、以上の事実を認めることができる。

(3)  そして、右認定事実によれば、本訴で被告が主張する原告の事業所得に係る推計は、右抽出に係る対象者を比準同業者としているものであることが明らかであるところ、その抽出基準は、業種の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性(後記(三)の(1)の原告の係争各年の売上原価に徴すると、右の東京国税局長の通達は、売上原価に関し、係争各年ともそれぞれ原告の売上原価の額の半分以上二倍以下の範囲内を基準としたことが明らかであって、これはいわゆる倍半基準に合致するものである。)等の点において、原告との間に合理的と認められる程度の類似性を有し、その抽出に当たって被告の恣意が介在する余地もなく、その抽出件数は同業者の個別性を捨象するに十分であると認められ、かつ、右対象者はいずれも年間を通じて事業を継続する青色申告者であって、その申告が確定したものであるから、その課税事績を算出する基礎となる資料の正確性も十分に担保されているものというべきであって、これらの事情を総合すると、比準同業者に係る売上原価率、一般経費率及び人件費率の各平均値並びに比準同業者の人件費中の妻に対する事業専従者給与の平均額を用いて、原告の係争各年分の事業所得の金額を推計することには合理性があるものと認めることができる。

(三)  そこで、以下、被告の主張する推計方法により原告の係争各年分の事業所得の金額を算出することとする。

(1) 売上原価

係争各年分の売上原価が別表第三の該当欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

(2) 売上金額

右(二)の(2)の事実によれば、比準同業者の係争各年分の売上原価率の平均値は、別表第四の一ないし三のとおり、昭和五九年分が八二・四三パーセント、昭和六〇年分が八二・五三パーセント、昭和六一年分が八二・三八パーセントであることが認められるから、右(1)の係争各年分の売上原価を右売上原価率の平均値でそれぞれ除して係争各年の売上金額を算出すると、それぞれ別表第三の該当欄記載のとおりとなる。

(3) 一般経費

右(二)の(2)の事実によれば、比準同業者の係争各年分の一般経費率の平均値は、別表第四の一ないし三のとおり、昭和五九年分が四・八七パーセント、昭和六〇年分が五・〇一パーセント、昭和六一年分が四・八七パーセントであることが認められるから、右(2)の係争各年分の売上金額に右一般経費率の平均値をそれぞれ乗じて係争各年の一般経費の額を算出すると、それぞれ別表第三の該当欄記載のとおりとなる。

(4) 特別経費

ア 雇人費

右(二)の(2)の事実によれば、比準同業者の係争各年分の人件費率の平均値は、別表第四の一ないし三のとおり、昭和五九年分が五・九九パーセント、昭和六〇年分が五・九二パーセント、昭和六一年分が六・一一パーセントであること、及び、比準同業者の係争各年分の妻に対する事業専従者給与の平均額は、別表第四の一ないし三のとおり、昭和五九年分が二五四万九四四五円、昭和六〇年分が二五九万二七五〇円、昭和六一年分が二七三万五二四七円であることが認められるから、右(2)の係争各年分の売上金額に右人件費率をそれぞれ乗じて得た金額から、右の妻に対する事業専従者給与の平均額をそれぞれ控除して、係争各年の雇人費を算出すると、それぞれ別表第三の該当欄記載のとおりとなる。(なお、右(二)の(2)の事実によれば、比準同業者の人件費中には妻に対する事業専従者給与の額が含まれているものと認められるから、原告の売上金額に比準同業者の人件費率の平均値を乗じて得た金額中にも妻に対する事業専従者給与分に相当する部分が含まれることになるところ、本件青色取消処分を受けた原告は、係争各年分の所得税につき所得税法五七条一項の適用を受け得ないから、係争各年の原告の雇人費を算出するには、原告の売上金額に比準同業者の人件費率の平均値を乗じて得た金額から妻に対する事業専従者給与分に相当する部分を控除する必要がある。)。

イ 建物減価償却費

成立に争いのない乙第三ないし第五号証の各二及び弁論の全趣旨によれば、原告の事業所得に係る建物減価償却費は、別表第三の該当欄記載のとおりであることが認められる。

(5) 事業専従者控除額

右(1)ないし(4)によれば、原告の妻広子に係る係争各年分の事業専従者控除額は別表第三の該当欄記載のとおりである(昭和六二年法律第九六号による改正前の所得税法五七条三項)。

(四)  右(三)によれば、原告の係争各年の事業所得金額は、別表第三の該当欄記載のとおり、昭和五九年分が六六九万〇三五〇円、昭和六〇年分が七六四万五二二六円、昭和六一年分が八二九万六一四一円となる。

3  右1及び2によれば、原告の係争各年の総所得金額は、昭和五九年分が六五八万五二六〇円、昭和六〇年分が七八二万三一六四円、昭和六一年分が八九〇万九一六九円であるところ、本件各更正に係る係争各年の原告の総所得金額は、いずれも右総所得金額の範囲内であるから、本件各更正は適法である。

五  本件各賦課決定の適否について

1  五九年分更正によって原告がさらに納付すべき税額は四三万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)であるから、国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)により、右税額に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した二万一五〇〇円の過少申告加算税を賦課した五九年分賦課決定は適法である。

2  六〇年分更正によって原告がさらに納付すべき税額は六一万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)であるから、国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)、二項により、右税額に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した三万〇五〇〇円に、右六一万円の税額のうち五〇万円を超える一一万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した五五〇〇円を加算した金額である三万六〇〇〇円の過少申告加算税を賦課した六〇年分賦課決定は適法である。

3  六一年分更正によって原告がさらに納付すべき税額は八〇万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)であるから、国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)、二項により、右税額に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した四万円に、右八〇万円の税額のうち五〇万円を超える三〇万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した一万五〇〇〇円を加算した金額である五万五〇〇〇円の過少申告加算税を賦課した六一年分賦課決定は適法である。

六  以上によれば、原告の本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石原直樹 裁判官 深山卓也 裁判長裁判官鈴木康之は転補につき署名押印することができない。裁判官 石原直樹)

(別紙)

比準同業者該当基準

一 酒類小売業を営む者で煙草の小売りも行っている者

二 青色申告承認を受けている者で、管内に事業所を有する者

三 係争各年において、売上原価の額がそれぞれ次の範囲内にある者

昭和五九年分 三三〇〇万円以上一億三二〇〇万四〇〇〇円以下

昭和六〇年分 三六四八万八〇〇〇円以上一億四五九五万四〇〇〇円以下

昭和六一年分 三七二八万七〇〇〇円以上一億四九一五万円以下

四 年を通じて右一の事業を継続している者

五 人件費(青色事業専従者給与を含む。)の支払があり、かつ、妻に対する事業専従者給与の支給のある者

六 次の1又は2のいずれにも該当しない者

1 災害等により経営状態が異常であると認められる者

2 税務署長から更正又は決定処分がされている者のうち、次の(一)又は(二)に該当する者

(一) 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していないもの

(二) 当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて、現在審理中であるもの

以上

(別表第一)

本件青色取消処分の経緯

〈省略〉

(別表第二の一)

昭和59年分課税経過表

〈省略〉

(別表第二の二)

昭和60年分課税経過表

〈省略〉

(別表第二の三)

昭和61年分課税経過表

〈省略〉

(別表第三)

所得金額算出表

〈省略〉

(別表第四の一)

比準同業者表(昭和59年分)

〈省略〉

(別表第四の二)

比準同業者表(昭和60年分)

〈省略〉

(別表第四の三)

比準同業者表(昭和61年分)

〈省略〉

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